naoko19777’s diary

2017年7月、四十路突入。

自己肯定感のこと

自己評価の低さにずっと悩まされ続けてきた。たぶん高校生の頃には自覚していたように思う。心理学やスピリチュアル、心に関するものはなんでも関心を示し、首を突っ込んできた。その結果、とにもかくにも自己肯定感を保ち続けることが大前提だ、というところまではわかったけれど、じゃあどうすればいいのかが全然わからなかった。そうしてまた次の鬱期に入り、持ち直していた心理状態はどん底に、という繰り返しだった。

 

今回もまた、同じように、とにもかくにも自己肯定をどうすればできるのかっていうところまでやってきた。検索している時に、たまたま見つけたこちらのブログ。

www.luxlocus.com

ご自身が散々悩まれてきた過程で得たものを惜しみなく披露されているブログ。今日は仕事中ずっと読んでいた。(暇だったのでね)

 

するとなんとなくわかってきた、自分を肯定するということ。

何か難しく考え過ぎていたのかもしれない。「これでいい」と思っても、心の奥底ではそんなんじゃダメだと言ってるから最終的には肯定できてない、だからこれじゃダメだ、こんな自分じゃやっぱりダメなんだ、と思っていた。そういう自分でいい、ということ。(ややこしい!)

 

たとえば直近の悩みは、会話下手、とくに自分のことを聞かれたときに、愚痴とか諦めとかネガティブな答え方しかできなくて、相手を困らせてしまうことだった。そんな私は初めから人に近づかないほうが迷惑をかけなくて済む、だから私なんか孤立しとけばいいんだ、といういじけた思い。そういうふうに考えてしまう自分もイヤだった。

でも、そのどれも、それでいいのだ、ということ。

 

孤立することを選ぶならそれもいい。

コミュニケーションを復活させるべく会話の勉強をするならそれもいい。

うまくいかない自分なんてダメだと思ってしまうままでいい。

いじけてたって別にいい。とくに私のように一人暮らしで、いじけることで誰かに何かの影響を与える危険性がないならなおさらどうでもいい。とことんいじけることで、そのうちいじけることに飽きて、どうでもよくなったらそのことは忘れてしまえばそれでいい。

 

どのみち世界はそんなに変わらない。私が何を選択したところで、たいした違いはない。私が精一杯背伸びして人に迷惑をかけない素晴らしい人であるように見せたって、素のままの自分でだらしなくしてても、世界はたいして変わらない。

 

だとしたら、今のままの自分を肯定するって、ものすごくラクなことなのでは???

何かを変えようとする必要もないのだから。

 

とくに、あーこんな自分ダメだって思っているときって、それだけですでに精神的にダメージ受けてるのだから、そんなときに頑張ったらしんどいのは当たり前。そういうときは、自分を甘やかしてまずは心をフラットにすることを心がける。

 

そしてエネルギーが回復してきたら、もっとこうなりたいからこれをやってみよう、とか努力すればいいのでは。

 

とにもかくにも、自分を責める気持ちが湧いてきたときに、「そんなもんだよ」「それで何が問題なの」とかさ、なんかそういう自分を慰める言葉をかける習慣をつけてみようと思う。

 

そしてそれを持続できる人が、自己肯定感が高い人、なんじゃないかな、と思った。

 

上記リンクのブログ、すごく参考になった。まだまだ読みあさろうと思う!(ありがとうございます!)